私の好きな米坂線 その2



☆ 暫定DL化の頃

山形県の米沢駅と新潟県の坂町駅を結ぶ、延長90.7kmのローカル線「米坂線」。
ここは本州最後の9600型蒸気機関車が活躍した路線として有名ですが、完全無煙化の前年に夏の期間中余剰になる除雪用ディーゼル機関車を使って、暫定DL化が行われたことはあまり知られていないようです。
それまでは客貨共に9600が活躍していましたが、昭和46年4月から11月にかけてはDE15とDE10が客車列車の一部を牽引していました。
またDLの運用が入ったため、米沢区と坂町区の9600の運用持ち替えも発生しました。

この日は、米沢から入って羽前沼沢駅で下車し、伊佐領駅まで歩きながら写して行きました。
結局ディーゼル機関車が嫌で、と言うよりもどうせ無煙化になればDLはいつでも撮れると思っていましたから、暫定DL化のこの時期には1度しか行きませんでした。
まさか無煙化=旅客DC化&直通貨物廃止だとは思ってもみませんでした。
貴重な姿をもっと記録しておけば良かったと、今頃になって思っております。


写真 1

朝の上り列車 124列車  
宇津峠に行くと、最初に上ってくるのがこの列車でした。
本来なら米沢機関区のキューロク牽引のはずでしたが、この日はDE15 5の牽引でした。

1971.06.20  伊佐領−羽前沼沢にて   


写真 2

 トンネルを出た161列車 

この列車は、124列車と羽前沼沢駅で交換でした。
トンネルを出て鉄橋を渡って・・・。下り坂はまだまだ続きます。
運用持ち替えのために、坂町機関区から米沢機関区のカマに変更になっていました。

1971.06.20  伊佐領−羽前沼沢にて


写真 3

羽前沼沢駅を目指す162列車です。上り列車は、宇津峠越えを控えての連続上り勾配になっています。
この日の牽引機は、形式入りプレートが綺麗な49681でした。

1971.06.20  伊佐領−羽前沼沢にて


写真 4

眼鏡橋を渡る164列車です。
好きなナンバーの59634号でしたが、残念ながら単機でした。

1971.06.20  伊佐領−羽前沼沢にて


写真 5

124列車で上って行ったDLが、下り125列車で帰ってきました。
米坂線125列車と言えば、混合列車になる事でも知られていましたが、この日も客車の後ろに貨車が何両か連結されていました。
結果論ですが、もう少し後ろでカメラを構えるべきでした。どうせDL牽引と言う事で、何も考えずに撮っていたみたいです。

1971.06.20  伊佐領−羽前沼沢にて


写真 6

伊佐領駅の近くで撮った128列車です。こちらはDE10 512が牽引していました。
いくらなんでも、もう少し考えて撮れよなぁ・・・と言いたくなってしまいます。
有名な眼鏡橋あたりで撮っていれば、もっと貴重な写真になったんでしょうけど・・・。
この日は良いお天気で、暑くてもう動きたくなくなっていました。

1971.06.20  伊佐領−羽前沼沢にて


写真 7

1971.06.20  米坂線130列車の車中より


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